「空をながめ、物思いにふけるくらいしか取り柄がないと思ったから」

これは先生が医師への道を断念し、気象学の道に進んだ理由を聞かれた時の言葉です。先生のことはお名前だけで、面識は勿論、どんな容姿なのか、お歳も存じ上げませんでした。
ですが、なぜかとても心が躍ります。今年のノーベル物理学賞に米プリンストン大学上級研究員の真鍋淑郎先生(90)が受賞されました。

私は気象学の専門家ではなく、関西ローカルの一気象予報士ですが、私の仕事のこんなに近い分野からの受賞者に鳥肌が立ちます。
というのも、先生のことを調べれば調べるほど今の天気予報のベースとなる研究であることがわかってくるからです。

先生の功績を、私は3つに分けてみたいと思います。
繰り返しますが、私はこの方面の専門家ではないので、体型立てた分け方ではないと思いますので、ご了承ください。

まず先生は1960年代に計算速度最速(当時のことなので今とは比べものにならない計算スピードだと思います)のスーパーコンピューターを使って、地球全体の気候をコンピューター上で再現することに成功しました。さらに、その状態からどのように変化していくのか、という予測モデルを開発します。

この研究過程で使われるのが、大気の状態をサイコロを積み重ねたような立体的なマス目で分けて捉える手法です。
例えば、気温を予測する場合は気温の観測データをもとに、隣り合うマス目ごとの角(かど)の気温を計算で割り出し、その角(格子点と言います)ごとの気温データがそれぞれ、ある時間後にどのような変化するかを計算して、大気全体の動きを捉えて予想していきます。
今の天気予報の手法の原点が先生の初期の研究成果なのです。

 

さらにその後、先生は地球が私達人間が住みやすい温度になっているのは、そこに大気が存在しそこに含まれる温室効果ガスが重要な役割を果たしているのでは、という研究を進めます。
その中で温室効果ガスが増えすぎると温暖化が進み、1967年には温室効果ガスの一つである二酸化炭素が今の2倍になれば、気温が2.3度上昇するという予測をたてています。
今から40年近く前の研究成果です。

そして、一番最近の研究では、新聞記事にもよく書かれている「大気海洋結合モデル」の開発です。
「水の惑星」の未来の大気の動きを予想するのに、大気の動きを見るだけでは足りないでしょ!というわけで、先生のすごいところは、大気と海洋のそれぞれの動きをモデル化(コン
ピュータ上で再現できるようにすること)して、さらに結合させて大気予測に繋げたところです。具体的には今の長期予報(1ヶ月予報、3ヶ月予報など)でこのモデルが使われています。

国際社会では地球温暖化をはじめとする気候変動は喫緊の課題として捉えられていています。
そんな中での今回の受賞は、その流れに沿った結果なのだと思います。気候学の専門家が物理学賞をとるというと、一見異例のように見えます。
そのような報道も一部でなされていますが、大気や水の動きは物理の法則で成り立っていますし、さらにいえば、未来の地球環境を左右する気候変動に関する研究が、今までノーベル賞の
対象にならないことの方が疑問を感じてしまいます。

今回の真鍋先生の受賞には、日本にとっても大きな意義があると思っています。
前述のように気候変動が国際社会の大きな課題となっている今、例えばドイツでは時期政権を担う連邦議会議員選挙の争点は、まさにその気候変動問題でした。
では先日の日本の政権与党の総裁選はどうだったでしょう?
少なくとも気候変動問題が最大の争点だった、とはいえないでしょう。

10月末から開かれるCOP26を前に、真鍋先生のノーベル物理学賞受賞をきっかけにして、国内でも大きな流れができていくことを今後
期待したいと思います。