日本の教科書で習ったこと覚えていますか??
ナント素敵な平城京から、数年ごとにコロコロと遷都を繰り返していた時代がありましたよね。

なぜ遷都を繰り返したのか?

なかなか順番まで覚えられませんが、簡単にこのような順番になります。

710年、都は奈良の平城京に。
その後、740年には京都の恭仁京に遷都し、その後745年京都の長岡京に都が移った。
この間にも数年ごとに遷都を繰り返し794年平安京に移るまで、実は数十年の間に、遷都を繰り返していたのです。
天皇が恒久的に住む宮殿は平安京(794年)が初めてで、明治維新の1868年まで続きました。

数年ごとに遷都を繰り返した理由について、一般的に教科書ではこのように説明されています。

  • 道鏡をはじめとする仏教の影響力から遠ざかるため。
  • 桓武天皇は天智天皇系だったので、天武天皇系の奈良から離れるため。
  • 藤原一族などの在来貴族の影響を遠ざけるため

など。
と言われていますが、本当は環境問題が大きかったのではないかという見方が最近話題になっているのです。

それまでの日本は、人が集中する首都や都市を作っていませんでしたが、急な必要に迫られ、狭い範囲で生活するようになり、深刻な環境汚染が起きたとのではと考えられているのです。

 

なぜ奈良が都になったの??

現在の地形から見ると、なぜ、内陸部の奈良盆地が都になったの?
という疑問が沸きます。

奈良盆地は大阪湾から離れており、しかも360度周囲は山で、どこから見ても交通の要所とはいえない。
当時、比較的平和な世の中だったため、都に防衛機能はそれほど必要ありません。

大阪でいいじゃん!と思うところですが…
当時の大阪平野は海と川が混じりあう広い湿地帯であり、住める環境ではなかったのです。

だったら、大坂平野の奥まで湿地帯でつながる奈良でもいいんじゃない。
船で大和川を遡ると生駒山、金剛山の麓まで行けるし。
中国大陸からでも、直接船で生駒山麓の柏原市まで行けるじゃん。

しかも、この奈良盆地には、大きな湿地湖が広がっており、その湿地湖を利用すれば奈良盆地のどこにでも舟で簡単に行くことができたのです。
舟を利用すれば奈良盆地は便利がよく、ユーラシア大陸との連絡も容易でした。

しかし、これが湿地帯である川が仇となったのです。

 

平城京は工場汚染がひどかった??

平城京では奈良の大仏に代表されるように、仏像や巨大寺院が多く建設され、そしてその材料となる金属が大量に使用されていました。また表面はメッキ加工です。
当然、貴金属のごみは大量に発生し、それは河川や池に流されていました。
当時の平城京の池や川は、緑色や青色で輝いていたそうです。

それを見て、仏教の都だからありがたや。
と思った人も当時は多かったのですが、当然のごとくそれ公害です。

その後、住民から健康被害が続出したため、場所を変える目的で、数年ごとに遷都を繰り返したという訳です。

さらに遷都したなかには、現在の大阪城の近くに位置する難波宮がありました。
川に流すから公害が出るんだよ。
という発想になったため、海の近くにお引越し。

当時の大阪は現在の大阪市の大半が海であり、天然の良港として半島からの使者や貿易船でにぎわっていたのですが…、
前述しました通り、大阪も当時は湿地帯。

また大阪城付近は突き出した半島のようになっており、そこに難波宮を作ったのですが、両側は海であり、公害以前に住居としての不安が極まりなかったのです。

高波や津波のおそれがあるほか、外敵から防御し難いので、わずか数ヶ月で放棄されています。
このように遷都の理由の多くが自然環境や環境汚染によるものだったと考えられたのです。

この街づくりの失敗によって、中国の長安に環境にも強いまちづくりを習いにいき、平安京が誕生するのです。

長安から、街を汚すようなもの作るなよ!
とでも言われたのでしょうか?

平安の都になってからというもの、デカい仏像やメッキのものは姿を消し、国風文化で木を基調とした自然が多く用いられるようになったのです。

 

江戸幕府が長く続いたのは、エコタウンだったから??

江戸時代では、戦よりも環境の方が街を破壊することを、知っていたと思います。
そのためリサイクルの技術と精神が物凄く高かったのです。

その中の一つに着物がありますが、これかなりエコなものというのをご存知ですか。?

体の大きさに合わせて布を切る洋服と違い、着物は「反物」という長方形の布を縫い合わせて作ります。
着物は糸をほどくと元の反物に戻るので、何度も作り直すことが出来ました。
着物は親から子へと受け継がれ、使い込んで布が柔らかくなると、次はねまきに利用。
更に使い込んで布が柔らかくなると、赤ちゃんのおむつに変化。

赤ちゃんの肌には、使い込まれて柔らかくなった木綿の布が適していたのです。
更にぼろぼろになると、最後はぞうきん。
ぞうきんとしても使えなくなると…
これが最後、燃料になるのです。

 

あとがき

恐らく、江戸時代における、日本人エコ意識は世界一だったはずですが…
今は日本に比べヨーロッパの方が、エコ意識が高いですよね。

特にオランダ人がエコ意識が高いというのですが、なぜだか分かりますか??

オランダでは国土の約4分の1が海抜0m以下という土地柄、
温暖化による海面上昇は大変深刻な問題。そのため環境への関心が非常に高い国です。

そして、エコ意識が高いオランダでは、リサイクルが活発です。
例えば、あえて中身を見せるゴミ袋をデザインすることによって、不用品として出されたモノを、他の人が自由に持ち帰ることのできる仕組みが整えられている自治体もあります。

そのほかにも、鉄道は風力エネルギーで走行し、都市部では市民の3割以上が自転車で移動しています。
ビールメーカーは雨水を原料としたビールの製造をしているのです。

自分の身にならないと、意識が向かないと言いますが、日本いや世界で温暖化が止まらないこともあり、もう事態はかなり深刻です。
そのため、もう少し一人一人のエコ意識を高めて生活して行きたいとところです。